相田一人の経歴と年齢や学歴は?相田みつをが残した息子への言葉とは【爆報フライデー】

スポンサードリンク




こんにちは、マリンです!

2020年5月1日の【爆報フライデー】

相田みつをさんの

「今だから読みたい言葉ベスト5」が紹介

されます。

そして相田みつをさんの息子

相田一人(あいだかずひと)さんが登場し

番組へメッセージを送ってくれるそう。

相田一人さんとはいったい、どんな男性

なのでしょうか?経歴や年齢と学歴と

父親の相田みつをさんが息子一人さんへ残した

言葉について調べてみました!

是非、ご確認くださいませ。

スポンサードリンク

 1.相田一人(あいだかずひと)さんの経歴は?

それでは早速、相田みつをさんの息子

相田一人(あいだかずひと)さんの経歴

みていきましょう。

相田一人さんの経歴

名前:相田一人(あいだかずひと)

出身:栃木県足利市

家族:父親・相田みつを
母親・平賀千江
妹の4人家族

1996年:相田みつを美術館を開館
(東京銀座)

2003年11月:東京国際フォーラムに
「相田みつを美術館」を移転

著書:「父 相田みつを」
「書 相田みつを」
「相田みつを 肩書きのない人生」

監修:「生きていてよかった」
「じぶんの花を」「本気」
「ある日自分へ」 「いまから ここから」

職業:相田みつを美術館館長
全国各地で講演活動
執筆活動

歌手「島谷ひとみ」の曲
「雨音 雨の日には雨の中を 前夜」の
作詞を担当

相田一人(あいだかずひと)さんは、

書家で詩人の相田みつをさんの

長男として生まれました。

相田みつをさんが、31歳の時ですね。

相田一人さんの母親の平賀千江(ひらがちえ)

さんは、御存命で、現在94歳になるそう。

 

相田一人さんの父親の相田みつをさんと

母親の平賀千江さんは「短歌の会」という

歌会で出逢いました。

平賀千江さんの実家は大きな商屋で、お嬢様

育ちの末っ子。収入のない相田みつをさんとの

結婚には、大反対されたそうですが

2人はそれを押し切って、1954年に

結婚しました。

スポンサードリンク

 2.相田一人さんの年齢は?

ご両親の反対を押し切って、結婚した

相田みつをさんと平賀千江さんの間に

生まれた相田一人さん。

生年月日:は1955年9月2日

現在の年齢は、64歳になります!

 

相田一人さんの名前「一人」は父親の

相田みつをさんが命名しました。

「気骨ある人に成長するように

何事も一人でやっていけるように

一日も早く一人立ちできるように」

という願いが込められています。

そして

「転じて後、人生の孤独、寂寥、悲哀等を

一人で堪えてゆかねばならぬ時の事を考えて

あえて一人と名付けた」と

相田みつをさんの日記に残っているそう。

 

相田一人さんには、妹がいて4人家族でした。

父親の相田みつをさんは

国語教師の資格を持っていたそうですが

書家一本で生活をすると決め

副業は一切やらなかったそうです。

書を売ったり、展覧会を開いた収入しか

なく、生活はかなり困窮していたそう。

相田一人さんが生まれてからは

ろうけつ染めを勉強し、地元の商店街から

デザイン請け負ったりして生活をしていました。

 

父親の相田みつをさんは

お金が無くても道具は一流の物を使い

書を書くのに沢山紙を使い

作品1枚だけを残して、残りはお風呂を沸かす

薪代わりに燃やしていたそう。

 

また、父親の相田みつをさんは、

息子の相田一人さんの学校のPTA活動に

積極的に参加し、趣味のようになり

会長も3~4年間勤めた経験もあるそうです。

スポンサードリンク

 3.相田一人さんの学歴は?

ところで、相田一人さんの学歴が

気になったので調べてみました。

相田一人さんは、高校生までは家族と

暮し、栃木県足利市の地元の高校

通っていたそうです。

学校名はわかりませんでした。

そして、高校卒業後は東京の大学へ進学し

東京で一人暮らしを始めました。

東京の大学も、どこの大学なのかは

残念ながら公表されていないようですね。

 

その後、相田一人さんはずっと東京暮らしを

されています。大学を卒業後は、出版社に

勤めた後、株式会社而今社(にこんしゃ)

設立。1991年に父親相田みつをさんが

亡くなり、1996年に、相田みつを美術館を

開館し館長をつとめています。

 4.相田一人さんに相田みつをが残した息子への言葉とは?

相田一人さんは、以前にテレビ番組

「世界一受けたい授業」に出演された

ことがあります。

その時に、相田一人さんが父親とのエピソードを

話してくれました。

相田一人さんは、勉強嫌いで、家で勉強を

するような子供さんでは無かったそうです。

相田一人さんが中学3年生の時に成績が

悪く、家に帰ってくると机に

「やれなかった やらなかった どっちかな」

と書かれた父親の相田みつをさんの書が

置いてあったそう。

相田みつをさんは、その書についても

勉強しろとも、何も言わなかったそうです。

 

また相田一人さんが小学生の時には

相田みつをさんから「教養」という言葉の

意味について教えられたそう。

「教養とは、知識を身につけるだけでなく

どれだけ相手の立場に立って考える事が

できるかだ」と言われたそうです。

相田みつをさんは、ひとつの言葉に

とても深い意味を感じることができる

方なのだと思います。

 

そして、相田一人さんは父親の

相田みつをさんの書の中で

1番好きな言葉

 

「しあわせは いつも じぶんの

こころが きめる」

 

を挙げています。これは、相田一人さんが

開いている講演会の中で、自分が1番好きな

言葉として話されているそうです。

スポンサードリンク

 5.相田みつをの「今だから読みたい言葉ベスト5」【爆報フライデー】

【爆報フライデー】では

相田みつをさんの「今だから読みたい

言葉ベスト5」が紹介されますね。

おそらく、

「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」

という言葉があげられると思います。

これは、2011年に起きた東日本大震災で

物資の買い占めが起こった際に、落ち着ける

ために使われ、その後、復興支援の合言葉の

ように使われることになりました。

マスクやトイレットペーパーの買い占めが

起こっている現在の日本に、この言葉が

響くといいですよね。

他にも【爆報フライデー】では相田みつをさん

の詩が紹介されると思いますので

こちらへ追記していきます。

スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です